100人のプロの68人目のプロ‼️
カ〜 カ〜
太陽の姿に気を取られていると近くで鳴くカラス。
彼らは何を伝えているのだろう…
そんな気持ちに浸る時間。
私の地元には大きいとは言えないくらいの程よい山があり、自然あふれるのどかな風景の残る町でした。
都心へ向かうことに不便を感じていた頃とは違って、今では便利な道路が整備されてきました。
すれ違う車たちとの距離を十分に確保できる道の広さ。
この便利はきっと…
“彼らの生活と引き換えに得たものなのかもしれない”と、カラスたちに教えられます。
「ごめんね。」
「ありがとうね。」
そんな思いで彼らの下を通ります。
便利さにはキリがないもので…
最近では更に道路がつくられています。
大掛かりな工事で、のどかな風景をつくっていた山は削られ、カラスの棲家はいっそう失われていきます。
人口は減っているのに、住宅が増えていく不思議。
環境保全を叫ぶ一方で、山が削られていく矛盾。
目に見えて変化していくものに気付かされます。
反対に、目に見えるようで見えない世界もあります。
海の世界です。
実は今、海では大変なことが起きているそうです。
ちょっと前に「処理水が〜」とニュースでやっていましたが、それよりもずっと前から海では異常事態が。
「海に栄養がなくなってきている」
そう教えてくれたのは「漁師のプロ」秋本さんです。
秋本さんは海苔やアサリを中心とした漁師さん。
10年前から不良が続いていたことで、組合員が協力してアサリの種苗放流を行ってきました。
しかし不漁で、獲れても身は痩せていました。
海苔は黒くならず、枯れたような色に。
漁師としての収入は激減していきます。
“漁師であっても漁ができない”
そんな職業に新たな働き手が見つかることはありません。
組合としての存続も危ぶまれます。
組合ごとに漁業権を与えられているため、組合がなくなれば漁ができなくなってしまいます。
昨年、秋本さんは美浜町漁業協同組合の組合長に任命されました。
※種苗(しゅびょう)放流とは、人工的に生産された魚の稚魚などを放流して、その水域の資源を増やしていくことです。今回の場合ですと、アサリの赤ちゃんを放流していました。
◯子どもの頃の夢
「特に何かしたいというのはなかった」
生活に根付いていた海。
秋本家の生活は1年の中で半分漁、半分農業。
昔、拾い海苔という海苔の元になる海藻を買い求めて、自宅に持ち帰り型にはめていく作業を手伝ったことがあるそうです。
その後、海苔の養殖に移行。
おぼろげな記憶であっても、確かな歴史。
当時の話を笑顔を交えて話して下さいます。
◯今の仕事に就いたきっかけ
「他にやる人がいなかったから」
特に考えることもなく…
長男だから。
家業だから。
勉強が好きではなかったから。
もろもろの理由が並んでいきます。
自然と、当たり前のように家業である漁師への道へ進んでいきます。
漁船漁業を営む方の多くは、漁師のみの仕事をしている方がほとんど。
なので漁獲量は生活に直結しています。
原油の高騰や、物価の上昇は船を使う時間が長いこともあって、大変負担になっていきます。
その点、秋本さんは地元の海で行う漁。
美浜は地形的に浅いこともあって、漁船漁業は行っていません。
原油の高騰に対して、影響は少なく済みます。
また、漁獲が減っても農業でカバーもできます。
夏は稲作。
冬は海苔やアサリ。
生活を漁業に一本化していない強みがあります。
その一方で、漁に対して執念が足りないという問題もあるそうです。
漁獲が減ったのなら、漁場を変えていこう!とか、獲物を変えていこう!とか積極的に挑戦する機会は少ないです。
漁を疎かにしているわけでは決してありません。
目の前のことを一生懸命に取り組んでいます。
ある時、海苔の色がいつもに比べ薄くなっていました。
自然相手ですから、そんなこともあります。
でも次第に黒さもなくなっていき、植物が枯れたときの黄土色に。
とても“海苔”として出荷することはできません。
回復することはなく、今では美浜漁協で海苔を生産する漁師さんはいなくなってしまいました。
秋本さんも海苔をやめ、アサリ漁に専念していきます。
しかし、そのアサリの漁獲量も低迷期が続きました。
収穫できたアサリでさえも、多くは身が痩せて以前のものとは全く違っています。
子どもの頃によく食べていた“コウナゴ”という小魚の佃煮。
魚の骨が喉に刺さったことをきっかけに魚を避けていた私。
それでもコウナゴの佃煮は好物として頂いていました。
そのコウナゴ。
今では消滅かと危惧されるくらいに姿を消しています。
原因は不明。
海で何かが起きています。
美浜の海だけでなく、全世界の海で。
秋本さんたちは様々な対策を試みます。
種苗放流や海の調査。
先人たちが蓄えてきてくれていた資金を切り崩しながら、精一杯に取り組んでいきます。
何度も何度も。
とにかく広い海の状態を、少しでも理解するために。
組合員が一丸となって協力し合います。
しかし、成果は何一つ出てきません。
良い兆しも感じられません。
組合員は高齢化していきます。
一般企業で言えば定年退職を迎える年齢の秋本さんは、組合の中では若手。
PRしようにも、漁獲高が低いまま働き手を募集するわけにはいきません。
そんな状態の時、次期組合長を決めなくてはいけなくなりました。
組合長に秋本さんが推薦されます。
「嫌です」
この言葉で断ることだってできます。
でも、秋本さんは引き受けます。
「“NO”と言えない日本人」なんていう人がいますが、そんなんじゃありません。
全体を考え、未来を考え、自分本位で考えなかったから「NO」と言わなかったのです。
組合長になり、想像以上の大変さに気づきます。
何か取り組まなければ、現状は打破できません。
種苗放流を繰り返そうとしますが、何度やっても成果が見えてこないことで、組合員の中から段々不満が出てきます。
秋本さんはそうした組合員の声を聞き入れます。
「ずっとやってきて、成果が出ないんだもん。言いたくもなるよね」
批判するのではなく、寄り添って共感していく秋本さん。
真摯に向き合っていきます。
もういいや!
と投げ出さずに、組合員みんなの漁業権を守ります。
質のいい美浜産のアサリを、ブランド化し展開していくことにも取り組みます。
しかし…
「それをすれば地元の人に食べてもらう機会が減ってしまう」
そんな複雑な思いにもなっていきます。
あらゆる方法を考え、あらゆる手段を試していきます。
自分のため、組合のため。
町のため、みんなのため、未来のため。
どんな時でも、どんな状況でも、諦めず前に進み続けるその歩みは、見えるようで見えない奇跡を生み出していく確かな一歩となっていきます。
◯今、自由に選べるとしたら何の仕事をしてみたいか
「会社員」
給料をもらって、生活が安定して…そんな会社員だったらいいなぁとおっしゃいます。
自然相手ですから、今日と同じ日が訪れるわけではありません。
「来年は…」
と予想することはしても、予想通りにことはうまく運んでいきません。
スーパーに行き、野菜を買い、魚を買い…
こんな安定した生活には、誰かの努力があってこそなのだと感じました。
◯落ち込んだ時、どう乗り切るか
「常に考えながら、対策を考える」
気分転換でお酒を飲み、忘れようとします。
しかし次の日には何も解決していない案件がそのまま残っています。
だからこそ問題から逃げるのではなく、向き合うそうです。
考えて、考えて。
プラスになると思われることには積極的に挑戦していきます。
正解が一つなのか、自分の判断が正解となるのか。
未来になってみないと分からないからこそ、あらゆる選択を考え行動していきます。
◯未来ある子どもたちへのエール
「できるかどうかは分からないけど、やってみることかな。
目的をつくって、それに向けて頑張ってみることかな」
もし目的の達成が叶わなかったとしても、行動していなければ後悔が残ってしまいます。
行動して達成できなかったとしても、反省という学びが得られます。
私たちはプログラムされた機械ではなく、人間です。
100人いれば、100人みんな違った個性を持っています。
似ている人物であっても、全く違う人物です。
だからこそ、プログラムされていない私たちの未来には“奇跡”という言葉が存在します。
諦めない秋本さんからのエールです。
◯インタビューをして
潮の流れがコンクリートを鳴らします。
ザパーン。
ザパーン。
いつも同じようで、同じではありません。
海の生きている証とも思える音。
音を立てる海を眺めます。
そこに、今まで姿を消していた“あおさ”が少量ですが姿を現します。
海が元気だった昔は、当たり前のように見ていたもの。
諦めないからこそ気付けた“あおさ”。
その存在は、海に栄養が戻ってきているサイン。
奇跡。
奇跡が起きている!
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