100人のプロの89人目のプロ‼️

近くの道を車で走っている時から私の存在に気づき、警戒している姿が目に入ります。

車のシフトレバーを「P」に入れた途端、大きな声で私に叫びます。

申し訳ない気持ちになる私は

「急にごめんね」

とブツブツ呟きながら、なるべく物音を立てないようコソコソと歩きます。

その姿がより一層、不信感を募らせたに違いありません。

本日のプロは「保護のプロ」一般社団法人わんずふりー代表の齊藤洋孝さん。

齊藤さんが保護するのは全国でも珍しい、“譲渡困難”な犬たちです。

人を噛み、怪我をさせたことのある、いわゆる「咬傷犬」は譲渡困難とされ、殺処分の可能性が格段に高くなります。

咬傷犬は、「殺処分ゼロ」の頭数に数えられない国や地域があるため、見過ごされてしまう存在。


“噛んでしまう犬”

一言で括ってみても、噛むようになってしまうには、それぞれにそれなりの理由があります。

歯を剥き出し、威嚇するには歩んできた過去があります。

学校現場でもそう。

ある子どもがトラブルを起こした際、どうしてもそのトラブルだけに焦点が当たってしまい、背景を考えようとはしません。

だから根本的な解決がされていかないまま、同じようなことが繰り返されてしまいます。


齊藤さんとお話をする犬たちの姿が子どもたちと重なります。

問題行動や不登校。

子どもたちも、そこに至るまでにはそれなりの過程があります。

齊藤さんとの時間を、教育を抜きに聞くことはできませんでした。

◯子どもの頃の夢

「世界のスーパースター」


特にはなかったそうなのですが、子どもの頃に書かれた文集には

「世界のスーパースター」と書かれていたそうです。

文集に書かれたことを意識したわけではなかったのですが、中学生の頃からギターを始め、同級生と共にバンドを結成をしました。

バンドのジャンルは当時流行っていた「ヘビーメタル」。

中学卒業後はアメリカへ行くことを考えていましたが、

「アメリカへ行って何をするのか!?」

と、考えたみたもののそれ以上の道筋を描けず、早い段階で諦めていました。


◯今の仕事に就いたきっかけ

「グレート・デンの救い」


中学生の時は、バイクで校庭を走るなどヤンチャだった一面も。

そんな齊藤さんに対し、当時の担任の先生は涙を浮かべながら齊藤さんをビンタしました。

真剣に自分と向き合ってくれた先生の存在が、良い方向へと導いてくれたと感謝しながら当時を振り返ります。

勉強嫌いであった齊藤さん。

当時の成績は最下位でした。

ご両親からは

「県立高校行けないなら、働きなさい」

と言われていて、担任の先生からは夏の三者面談で

「今の成績では県立は無理だ」

と言われてしまいます。

“働きたくない!”

その思いは原動力となって、すぐに勉強が得意な子から勉強への取り組み方を教えてもらいます。

見よう見まねで勉強に取り組みます。

中学二年夏に最下位だった成績は徐々に結果を残し、努力の甲斐あって、県内でも優秀な高校に合格。

中学で我慢してきた分、高校では自分を解放させようと思っていました。

しかし、そのことはすでに恩師の先生にはお見通し。

「この子は素晴らしい子です」

と恩師の先生は事前に高校側に伝えていたらしく、入学してすぐ学級委員を任されました。

恩師の顔に泥を塗るわけにもいかず、解放の出鼻はくじかれます。

高校卒業後は大学に進学したものの大学へはほとんど行かず、バイト尽くしの毎日。

経済学を選考したのですが、学ぶことの意味を見出せず、結果的に中退。

その後、東京へ行き中学の頃からやっていたバンド活動に取り組みます。

もちろんご両親は反対でした。

お母様が涙を流していた姿に、息子として申し訳ない気持ちになりました。

全ての罪悪感を振り切りながら、挑戦の道を選択します。

まっすぐな心はバンド活動でも表れていました。

「自分の音楽を分かってもらえる人だけに聞いてもらえればいい」

“売れるために”は優先せず、やりたい音楽をとことんやりきります。

存分に活動した2年間のバンド生活。

しかし芽も出なかった2年間。

見切りをつけ地元へと帰ります。

帰ってすぐはなかなか切り替えることも難しく、パチンコ三昧の毎日。

地元に戻って2ヶ月…

「そろそろかな」と感じ、自分の未来について考えます。


“今の自分に何ができるか!?”


バンド活動の時にやっていたバイトの経験が頭に浮かびます。

財布の中には3万円。

この全財産の3万円を投資して自ら清掃業を立ち上げました。

借金をせずに、3万円を超えない範囲で。

大きな会社に比べ立派な道具はないかもしれません。

そのかわり、一つ一つのことを丁寧に取り組むことはできます。

心がけたことは

「自分がやりたい清掃」

ではなく、

「依頼してくれた方が喜ぶ清掃」。

何よりもお客さんの笑顔を求めて一生懸命に取り組みます。

その姿は、口コミとなり紹介という形で清掃の依頼が増えていくようになっていきました。

がむしゃらに。

一生懸命に。

バンド活動の時とは違い、お客さんのことを第一に考えて。

そんな積み重ねが、気づけば売り上げが3億円に。

売り上げが上がり、業績が伸びていくことで銀行はお金を簡単に貸してくれるようになっていきました。

特に資金を必要としていたわけではないのに、

「借りてほしい」

と言われるので借りていきます。

運用資金が増えることは、気持ちを大きくさせます。

お金とは恐ろしいもの。

どれほど帳簿を真面目に付けていても、お金が入ればあっという間に運用され、気づけば手元には残っていません。

それでも売り上げはあるから、返済を滞らせたことは一度もありませんでした。

扱う金額も大きくなっていくにつれ、齊藤さんの感覚も気づかないうちに変わってしまいました。

従業員に対し横柄な態度。

誰を見てもお金で判断する価値観。

ガレージで並ぶ理想的な高級車たち。

奥様には齊藤さん自身が乗らせたい車を買い与えます。

奥様の笑顔を見たくて高級なブランド品をプレゼントすることも。

それでも喜ばない奥様。

奥様との会話もほとんどなくなっていました。


ある時、フェラーリの修理工場でグレート・デンを見かけます。

「フェラーリの助手席に乗っていたらカッコイイかも!」

それが齊藤さんと“犬”が出会うきっかけとなりました。

助手席に乗せることを目的に黒のグレート・デンをお迎えします。

飾りだったはずのグレート・デン。

当時の齊藤さんの満たされない何かを、その子は埋めてくれていました。

心のバランスをとるかのように、保護犬についても意識が向くようになっていた頃、グレート・デンは亡くなってしまいます。

ペットが亡くなるというのは、家族との別れと同じこと。

想像もしたくないほどに辛く、悲しい。

お迎えした時の思い出。

いつも寝ていた場所。

使っていたエサばち。

よく嬉しそうに食べていた好物。

いつでも蘇るその子との思い出。

いつか来てしまう当たり前の別れ。

その子の存在の偉大さを痛感します。


心の隙間を埋めるかのように、保護犬について調べていました。

インターネットを見ていると、白のグレートデンが掲載されています。

片目がないということと、耳が不自由であるということで無償で譲渡するという内容。

お迎えすることをすぐに決意します。

数年後、アメリカで「リーマンショック」が起きました。

世界的な金融危機の波は齊藤さんの元にも少し遅れてやってきます。

このままでは従業員の生活を守ることはできません。

横柄に接してきたはずの従業員に対し、責任を強く感じます。


「どうすれば家族や従業員を守れるのか…」


様々な方法を考え、シミュレーションを繰り返します。

考えに考え抜いた一番の方法は

“自殺”

でした。

特に暗い気持ちだったわけでも、追い詰められ精神を病んだわけでもありません。

それが唯一の方法だったのです。

自動車単独事故による手段を選択し、後は実行日をいつにするのか決めるだけでした。

家族にも、会社の人たちにも誰にも打ち明けることなく、一人で孤独に決断します。


いつものような出勤と何も変わらない状況。

意外にも落ち着いた心の状態で玄関に向かいます。

何かしんみりするわけでも、写真を眺めるわけでもなく、職場に行くかのような姿。

しかしその異変に気づいたのは、少し前にお迎えしていた白のグレートデン「ぽんて」でした。

「ぽんて」はむくっと立ち上がり、玄関の前に。

「ぽんて」によって外に出れない齊藤さんは、不思議に思いながらも時間をおきます。

再度玄関に。

しかし、同じように立ちはだかる「ぽんて」。

何度やっても行く手を阻む「ぽんて」。

その眼は確かにこちらを見て、言葉はなくても語りかけてきます。

「もしかして…」

そう考えた時、平然としていたはずの齊藤さんの心は崩れました。

いろんなものを背負い、責任を感じ、孤独にも歩み続けなければならなかった齊藤さん。

そのそばにずっと一緒にいてくれていたのは「ぽんて」。

この出来事は「ぽんて」と齊藤さんだけの秘密でした。


資金ショートまでまだ半年あります。

「ぽんて」に救われ、もう一度考え直すことに。

あれほど考えても、「死」以外の方法が思いつかなかったのだから、考え直すことに自信はありませんでした。

でも、

「なんとかなる」

という漠然とした安心感がありました。

その数日後、予想外の大きな仕事が舞い込んできます。

立て続けに数件の依頼がさらに入ります。

会社を立て直すのに充分な売上でした。

救われた命。

今度は自分が救っていきたい。

そう感じるようになり保護活動は、本格的に始動。

保護活動を行っていく中で奥様との会話は増えていきました。

自由になるお金は減り、乗る車は実用的なものになっていても、今が一番充実していて幸せだと言えるようになっています。


眼や耳に不自由を負い、価格がつかなかった犬は、齊藤さんの命を救いました。

死を覚悟した齊藤さんは、今では死を受け入れるしかない犬たちの命を救っています。

救われた命が、また誰かの生きる力となり、希望の光となる。

いつだって、どんなふうにだって、変わることはできます。


◯今、自由に選べるとしたら何の仕事をしてみたいか

「政治家兼教育者」


「国会開催中は子どもの声を代弁する議員として活動。

閉会中は臨時教員として子どもと対話する授業に充てる。」

そんなふうに理想的なシステムをお話ししてくださいました。


多くの学生が学校で企画するボランティアに、参加する動機を「内申書のため」と答えます。

「何のためになるのか!?」

「何の得になるのか!?」

何か良いことをすることに対し、すぐに見返りを求める今。

もっと我々教員が、見返りをネタにするのではなく、徳を積むことについて語れたのなら…。

世の中はもっと平和的な考え方ができるようになるのではないでしょうか。


◯落ち込んだ時、どう乗り切るか

「何に落ち込んでいるのかを客観的に捉える」


齊藤さんは解決できる問題なのか、そうでないのかを考えます。

解決できる問題なら相談したりして解決していきます。

解決できないことで悩んだ時は、世の中を見渡します。

戦争で大変な思いをされている人たち。

事故に巻き込まれた人たち。

どうにもならない悲しみに耐える人たちの前で、同じように私は落ち込むことができるのか!?

と自分に問いかけるそうです。


無事に過ごせていることがどれほど有り難いことなのかを実感し、感謝する心は生まれます。

感謝する心は、悩みを軽くします。

◯未来ある子どもたちへのエール

「皆さんが感じた大人の理不尽で嫌なところを忘れないでください。

 皆さんが受けた様々な痛みや悲しみを忘れないでください。

 そして、自分は加害側には絶対にならないと決めてください。

 それだけで、世の中に必要とされる人間になっていると思います。」


齊藤さんは今も清掃の会社の社長をしています。

でも週のほとんどは犬たちの面倒を見ているため、社長でもお給料は少額です。

その少額のお給料は生活費を除いた全てを、自らわんずふりーに寄付をしているそうです。

それでも齊藤さんは今の方が断然幸せだとおっしゃいます。


物に溢れる時代。

様々な情報がたくさん飛び交う時代。

忙しい時代に失われてしまいがちな思いやり。

だからこそ、どんな時代になろうとも、誰に対しても“心の存在”を忘れないことの大切さを教えていただいた気がします。

◯インタビューをして

期待を胸に進学していく教え子たち。

まるで高校入試が人生の目標かのように一心不乱に勉強する子どもたち。

愛知県では高校無償化の影響で私学へ流れる生徒が増えてきました。

そんな中、公立は存続をかけユニークなカリキュラムであったり、専門性に特化した授業を展開するなど、独自性を出し外見的な魅力が増えてきました。

一方で、AIの発達が著しい昨今。

個人でできることが多く増えてきたにも関わらず、学校ではAIが登場する前と特に変わらない授業が展開されています。

様々な技術、情報を目の当たりにしている今の子どもたちは、私たちの世代と同じ学生生活ではないことは明らか。

通り一遍の支援だけをしている学校は果たして意味があるのでしょうか。


「中学卒業して起業することもありだと思う。」

そのように齊藤さんはおっしゃいます。

学校で学べば学ぶほどに柔軟性は薄れてしまい、知識だけで物事を推しはかろうとしてしまうことを危惧しての言葉。


「度胸一発!」と、齊藤さんは新入りの噛む子を、先住犬の子たちがいる世界に解き放ちます。

もちろん、その前段階で齊藤さんは様々な手立てをしていますが、環境がその子を成長させるため、すべてを受け入れる覚悟で先住犬たちに合流させます。

ダメになる可能性ばかりを並べて、諦めることをキレイな言葉で飾り立てる教師。

私たちに必要なのはもしかすると

「度胸一発!」

といってその子の可能性を信じてあげることなのかもしれません。

心の筋トレ部

教員であり公認心理師である片野とさとぶーが「心の筋トレ」を実務で実践させていただいています✨皆さんの自己免疫力💪を上げ‼️予病に貢献できるよう、情報発信していきます✨

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