100人のプロの94人目のプロ‼️
今回のプロは「ナッツのプロ」小島靖久さん。
小島さんは東京のアメ横でナッツやドライフルーツを取り扱う「小島屋」の社長。
小島さんのところのナッツはどれも美味しい。
香ばしくて、甘みや風味がいいんです。
小島さんは今もなおナッツやドライフルーツの可能性を探求しているのだとか。
「可能性の探求?」
そう。
“ナッツ”
と3文字で表現されているものの、その秘めたる可能性は計り知れません。
今やナッツは魔法の食べ物。
世界最古のナッツ「クルミ」。
クルミはがん、心臓病、脳卒中のリスクを下げたり、認知症やアルツハイマー病にも効果があると分かってきました。
もちろんクルミだけではありません。
アーモンドにはやる気にさせる成分や、心の安定をサポートする成分が。
マカダミアナッツには脳の若返りや血管の柔軟性。
カシューナッツには疲労回復やメンタルケアに効果があるのだとか。
どれも嬉しい効能ばかり。
一つのナッツで全ての栄養素が入っているわけではありません。
それぞれにそれぞれの効能があり、補い合うことができます。
それが人工的でない証。
私たち人間にも当てはまることなのかもしれません。
小島さんのお話です。
◯子どもの頃の夢
「ない」
戦後、品不足の状況において警察が見回りに来る前の時間帯に市が開かれていたといいます。
いわゆる“闇市”です。
その商売の習慣が商店街へと発展し、人の交流を増やしていったのが今の東京上野にあるアメ横商店街。
小島さんは幼少期からアメ横商店街で過ごします。
学校が終わると向かうのは自宅ではなく商店街の自分のお店。
同級生の友人たちも同じような生活リズムで、夕飯ころになるとお母様と一緒に自宅へ帰宅。
近所の神社へ行ったり、わんぱくしたり。
日々のなんてことのない日常を、みんなと夢中になって楽しんでいました。
◯今の仕事に就いたきっかけ
「タイミング」
昨今の高校無償化の流れは、全国での私学人気に勢いをつけました。
それでも私立中学を受験する子どもたちはまだ多くはありません。
2025年度全国の中学受験をする子どもたちは1割程度。
首都圏では年々増加傾向にあるとはいうものの、2024年は過去最高で18.12%。
30年以上前なのに、小島さんの通っていた公立の小学校は7割の子どもたちが中学受験をしたそうです。
商店を営んでいる家が多かったこともあり、公立中学へ進学しても皆が同じ学校になることが少なく、どうせバラバラになるのなら…といった具合で受験をする人が多くいました。
受験日が皆とズレたりしていると、給食は食べ放題と化していたとか。
ほとんどの人が受験するという環境で、“勉強”は特別なことではありませんでした。
「勉強しなさい!」
といわれることもなく、塾に行く子たちが徐々に増えていく中、
「自分も行っておくか」
という気持ちで小島さんも塾に通い始めました。
小島さんは大学までそのまま進学できる学校を志望していました。
志望校は慶應大学の中学部。
努力を積み重ねた結果、見事合格。
その学校名に「すごい!」と私が声を漏らすと、
「きっと環境。
特別に勉強が好きだったとか、優秀だったとかではないんです。」
謙虚な姿勢で私たちとお話してくださる小島さん。
同時に冷静に自分を分析し、なぜ勉強していたのかなど客観的にお話してくださいました。
自己分析は昔からで、就職する際も自分を徹底的に分析していました。
自分は何をいいと感じて、どんなことは嫌と感じているのか!?
固い仕事ではなく、スーツを着なくてもいい職種。
自分自身の能力を発揮できる分野。
広告業、外資系、エンタメ、ゲーム系。
理想と現実を見極め、自分と向き合います。
その結果、世界的に有名なゲームや映画を手がける総合エンターテイメント企業を受けることになりました。
大きな会社なので、ゲーム部門、映画部門など細かく分かれます。
「自分に嘘をつくことは嫌」という考えを軸に、自分がやっていけそうな部門を吟味します。
例えば…もし、つまらないと感じた映画でも
「この映画のクライマックスはとにかく凄くて、主演の演技に注目です!」
とか言い、誤魔化して、みんなが見るような方向へと導かなくてはなりません。
自分の思いを正直に言える分野…
小島さんにとってそれは“ゲーム”でした。
つまらないゲームであっても
「このゲームとっても面白くない!
一回、やってみて!
絶対面白くないから!」
と、ゲーム好きなら交わしたことのある話が、逆にセールスポイントとなって偽りなく伝えることができます。
自分に正直であり続けるために、ゲームの分野に。
徹底的な自己分析と、ユニークな発想が、仕事を軌道に乗らせ出世の道へ。
役員とコミュニケーションを頻繁に取れるほどに信頼を築き上げました。
ある時、大きなプロジェクトを任されます。
プロジェクトのためにチームが編成され、終電の音も聞こえなくなるほど、残業を繰り返しの日々。
今となっては、まるで考えられない状態。
それでも夢中に仕事をこなしていきます。
プレゼン本番。
どれだけ時間を使ったのか!?
どれほど頑張ったのか!?
その経過を重要視するのは本人たちであって、いいものとそうでないものは明確に判断されてしまいます。
小島さんのプロジェクトは…失敗に終わってしまいました。
問答無用で先輩や後輩たちは、それなりの責任をとらされていきます。
失敗における責任。
厳しい世界にいるのだから当たり前。
自分自身、覚悟を決めていました。
しかし中心的な存在であったはずの小島さんだけ、何の処分もありません。
次期リーダーとして目をかけられていたのでしょう。
経歴が傷つかないよう、裏で保護されていたことに虚しく感じてしまいます。
会社は好きだったし、仲間との時間はかけがえのない大切なものだったのですが、その処遇だけは納得できず辞表を提出。
仕事を辞めてどうするか!?
効率的に、合理的に考えることができる小島さんも退社後のことは特に考えていませんでした。
「何をしようかな」
と思っていた時、ふとお父様が小島屋のオンラインショップを開設しようとしていたことを思い出します。
私たちの生活にすでに定着したネット注文。
新しいお客さんを増やすチャンスにもなります。
その一方で、品質の管理や発送までの段取りなど、簡単にできるものではないと思い
「片手間ではできないよ!」
と反対していました。
しかし仕事を辞めるなら自分がオンラインショップをやればいいと思いつきます。
それが小島さんの家業を本格的にやるきっかけとなりました。
◯今、自由に選べるとしたら何の仕事をしてみたいか
「社会課題の解決型ビジネス」
今、少しずつ学校で“お金”を中心とした授業が展開されるようになってきました。
それも大切なお話であることは確か。
しかし、どのように働くか、どう使うかという道徳的な話が置き去りにされ、いくら稼ぐか、どうお金を増やすのかという数字だけにスポットが当たってしまっているようにも感じます。
小島さんがいう「社会課題の解決型ビジネス」。
物価高騰、少子高齢化や空き家問題など、さまざまな社会課題は存在します。
ただ、課題を解決するだけでは循環せず、慈善だけでは止まってしまいます。
一方でビジネスだけでは解決よりも儲けが優先されてしまいます。
解決とビジネス。
お金が中心となって動くのではなく、人の心がエネルギーとなって動き出す社会。
儲かるか!?どうかではなく、何ができるか!?
そういう理想的な考えこそ、学校で最も話していかなければいけないように思いました。
◯落ち込んだ時、どう乗り切るか
「やけ喰いとゲームをして3日くらい塞ぎ込む」
小島さんは自分の一言で相手が嫌な思いをしていないだろうかと深く考えてしまうそうです。
言葉だけを気にするのではなく、言ったタイミングや、言われた人の状況まで考慮します。
ハラスメントを気にしてではなく、小島さんの相手を思う心がそうさせます。
ある時、知り合いの方に
「あなたは人に何かを言う時、しっかり考えて発している。
自分を信じて。」
と言われたことがあるそうです。
その言葉に少し気が楽になったとか。
パワハラ。
セクハラ。
さまざまなハラスメントの名前が溢れ、伝えるべき言葉もなかなか伝えられないでいる世の中。
ただ…
どんな時代になろうとも、相手を思う言葉は大切な言葉。
人間関係の基準はそんな思いやりなのかもしれません。
◯未来ある子どもたちへのエール
「自分は自分。
自分で自分のことを諦めないで。」
小島さんはお子さんが小学校4年生になった時、
「こっからは自分で選択できる」
とお話をするそうです。
例えば、家から追い出されたとしても自分で警察まで行くことができます。
「勉強しなさい!」
と怒られても、やるふりをするのか、その言葉に気づいて取り組むのかは自分で決断することができます。
言われるまま。
なされるがまま。
そんな状態はもうすでに卒業しているはず。
自分で考え、自分で行動。
親の支配も、学校や社会の支配下にもいない自分の人生を選択していくのは、自分自身です。
◯インタビューをして
「自分の領域を見極めることが重要」
小島さんが教えてくれた言葉です。
比べるのはいつも世界のアスリートだったり、“成功者”として取り上げられている人だったり。
成し遂げた人と比べてしまえば、まるで自分が劣っているかのような錯覚に陥ってしまいます。
そして、
「みんなはできているのに」
と、できていないことに注目し、自分を否定し続ければ、自信なんて持つことはできません。
どんな人にだって、必ず得意分野はあります。
どんな成功者にだって、ひたすら努力を続けた過去があるはずです。
大きなもので比較すれば見えてこないものも、小さな範囲なら見つけられるかもしれません。
自分のクラスの中で。
自分の家族の中で。
はたまた隣の人との関係で、
「この人よりできる」
と思える得意が見つかるはず。
比較は自分を陥れるものではなく、自分の可能性を見つけ出すためにすること。
そしてその得意がきっと“希望の光”となってあなたを導いてくれます。
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