100人のプロの95人目のプロ‼️
「かっこいい大人がいないと」
子どもたちへのエールを考えている際の島瀬さんの言葉。
私はこの言葉を重く受け止めた。
生徒に元気がないんじゃなくて、生徒が見ている大人たちに希望を見出せていないだけ。
自分に可能性を感じない生徒が増えているのではなく、憧れるような存在に私たちがなれていないだけ。
「カッコいい大人を見つけて」
島瀬さんのあなたたちに贈るエール。
島瀬さんはi`m here : のデザイナー。
“i`m here”
ブランド名だけでメッセージ性を感じる。
私のi`m here : との出会いは、麻の素材のジャケットだった。
それは、あるセレクトショップの隅に控えめに飾られていた。
残りわずかとなっていたこともあって、前には出していなかったのだとか。
それでも、ひときわ輝くそのジャケットに惹き寄せられた。
こだわりを感じる一方で、わざとらしくないオシャレな服。
仕立て屋だったお祖父様が仕立てたジャケットをオマージュして制作したもの。
お祖父様も自分が作ったジャケットを、
孫がデザイナーとして題材にするとは思ってもみなかったに違いない。
島瀬さんは学生の頃から持続力がなかった。
挫折をして諦めるのではない。
自然と興味が失われていくのだ。
小学生の頃は野球にはまった。
ある程度自信を抱くことができるほど。
中学生にもなると野球の名門高校からスカウトがあるくらいの腕前に。
環境が野球中心になっていく。
名門高校にもなると、昔から努力を続けてきていた先輩や同級生の姿が目に入る。
「上には上がいる」
そんなことは想像していたし、覚悟もあった。
練習メニューが大変だったり、体が痛くなる日々。
もともと野球選手になることは夢だった。
だからこの痛みも、疲労も、全ては夢に近づくための一歩と考えた。
名門への入学を叶えた中、辞める選択肢はない。
「夢を実現させるため」もある。
それと同じように、周りの目や周りからの期待は辞める気持ちを削いでいく。
野球の推薦枠で入学したことで、退部した時の居心地の悪さは容易に想像できる。
「気にする必要はない!」
もちろんその通りである。
それでも、どうしても見えない視線を気にして、一歩を踏み出すことができないから悩むのだ。
どんなに大変でも、どれだけ辞めたいと感じても、毎日、嫌な時間を無理して過ごして…どうしようもないことに、いつまでも文句を言い続けて。
しかし島瀬さんは違った。
嫌だと感じる現状を変える。
変えることが容易でなくても、突き進む力がある。
それが世界と勝負することのできる力なのかもしれない。
辞めたいから辞める。
ただそれだけ。
野球に明け暮れる予定だったはずの高校生活は、途端に何も無くなってしまった。
他にやりたいことがあった訳でもないので、家ではゴロゴロする姿。
見かねたお母様は
「そんな顔しないで」
と言ってくれた。
ある時、息子のことを気にかけていたお父様がゴルフに誘ってくれた。
ゴルフの先生に教えてもらいながらも全く打てなかった。
「フォームが悪い」
“止まった”ボールが打てない悔しさと、先生が本気で指導してくれるうちに、
野球で空いた時間はゴルフで埋まっていく。
自身で成果を実感するようになっていくうちに
「大学でゴルフ部に入りたい!」
と思うようになっていった。
大学も推薦枠で入学。
しかし、ゴルフもまた、1年半も経てば飽きてしまい辞めることに。
“熱しやすく冷めやすい”
言葉としては自分を言い当ててるのかもしれない。
しかし、今までの野球やゴルフの監督から
「何事も途中でやめて…中途半端な人生になるぞ」
と言われた言葉が頭から離れなかった。
言われる理由も分かるし、言う気持ちも分からなくはない。
けど悔しかった。
“ほらな”
そんなふうに自分の人生を3文字で総括されたくはなかった。
悔しい言葉は、時として自分を変える時のエネルギーになる。
島瀬さんにとって、二人の監督の言葉はまさにエネルギーとなった。
「今まで飽きずに続いてきたことは何だろうか…」
自分を振り返る。
ずっと好きだったこと。
続けていけそうなこと。
自分を探しながら、自分への期待は失わなかった。
“見返したい”
その思いで自分を見つめる。
たどり着いたのが…“服”だった。
お祖父様がテーラーだったことは、何か目に見えない力が背中を押してくれているような気にさせ、確信へと変わった。
少し遅いスタート。
専門学生となって年下の中でファッションを一から学ぶ。
出遅れたなら取り返せばいい。
皆が休憩している時もひたすら勉強を続けた。
当時を振り返って
「努力した!」
と言い切れるほど頑張った。
理想の未来を想像しながら、宣言しながら努力を続けた。
結果として、パリの留学を勝ち取ったり首席で卒業したことは島瀬さんにとっては副産物。
自分の理想を実現するためにひたすら突き進む。
自分でブランドを立ち上げようと考えていた学生時代。
時の流れに身を任せるブランドもある。
流行りを意識し過ぎて、“つくりたい服”ではなく、“売れる服”づくりをしているところもある。
そんな世界観の中で、島瀬さんは理念を持ってプライドを抱くために、大黒柱となるような軸を探していた。
留学先での学校の卒業が迫る中、一人部屋で時間を過ごしていた。
ソファにもたれかかるように座り、片膝をつく。
フランスの星空の下に、人々が行き交う街の雑踏は島瀬さんの耳には届かなかった。
思いついたのが先か、天を見上げたのが先か。
大切な言葉が頭に浮かぶ。
霧が晴れていくその瞬間に、慌てて言葉を心に留める。
コンセプトは…“時間”となった。
誰かと共有したくて。
“時間”がどのような意味を成すかを話したくて。
理解できる人に。
価値に気づいてくれる人に。
思えばフランスの街中で島村さんに話をしたのが最初だった。
帰国後、ブランドを一から立ち上げることを決意。
とはいえ、簡単なことではない。
まずは自身が想像している良い物語を創作し続けているブランドに入り、
学ぶことが必要だ。そして、そこで自身の考える未来に投資をして頂ける。
プレゼンテーションをしたい。と考え、入念に下調べし、
希望先となるブランドにしつこく履歴書を送り続けた。
そして、その反応が気になるため、直接電話もした。
その電話のやり取りの中で、
「今丁度、デザイナーアシスタントしての募集要項が出来ているので、
改めて履歴書を送って貰えますか?」と言われ、改めて就職希望ブランドに応募をした。
最終面接まで辿り着き、デザイナーである社長との面談まで通過した。
しかし、最終返事は不合格だった。
これで引き下がれば島瀬さんではない。
「何とかならないですか?」
また、電話をした。
不合格の烙印を押したその会社に直接電話で交渉。
あまりない状況に、人事も悩み、時間を取った。
「生地のアシスタント(アルバイト)でよければ明日から来れる?」
「いきます。」
チャンスを自ら掴んだ瞬間。
誰もが憧れるようなデザイナーズブランド企業。
そこで実力をつけて、色々な交友関係を築いて、ゆくゆくは…
しかし島瀬さんはそこを3ヶ月で辞めた。
自ら猛アプローチしたにも関わらず。
しかし“中途半端にやめた”のではなく、
むしろその会社でやるべきことを全てやったのだ。
3ヶ月間、会社の社長に自分のコンセプトを説明する機会をずっと覗っていた。
まだ新人にそのようなチャンスは当然、訪れない。
チャンスがないのなら自分で生み出せばいい。
生地に触れることができた立場だったことは構想を練る者としては有り難かった。
仕事終わりの毎晩、眠たい目をこすりながらプレゼン用のデザイン画を
勝手に描き続けていた。
ある日、社長が
「おはよう。」
といつも通り言いながら、いつも通り生地を触っている島瀬さんの
横を通り過ぎる。
もうここでいくしかない。と行動に移した。
「少しいいですか?」
と社長に話しかけた。
「社長にお話があるのですが…」
アルバイトとして入社して日も浅い人物が、
どんな話があるのか社長も気になったのかもしれない。
社長が時間をつくってくれた。
島瀬さんはこの企業の中で、メンズブランドを立ち上げたいことや、
自分が考えているコンセプトや自信のあったデザインなど全力で伝えた。
やるだけのことはやった。
社長が言葉を発するために大きく息を吸う。
「一つのブランドを立ち上げるのに7,000万円を動かす必要がある。
君に7,000万円を動かすほどの興味がない。
そもそも、自分自身がメンズブランドにも興味がない。
そんなに興味があるのなら、1枚でもつくって自分で売ってみなさい」
キツイ言葉だった。
ダメだと思ってプレゼンなどはしない。
可能性を信じるからこそ、強い思いになっていく。
しかし、島瀬さんにとってその言葉は、決断するきっかけになった。
ある意味で社長の思いやりの言葉だったのかもしれない。
「考えておくよ」
と先延ばしにした答えは“受け入れた”のか、“流された”のか分からない言葉は、
優しさに見える一方で可能性を摘む。
真剣に考える青年に対する真剣な答え。
懇願して入社できたその会社は、島瀬さんにとっている意味を見出すことができなかった。
むしろやらなければならないことが見つかったのだ。
翌日には退職。
「この会社を辞めます。
半年後に、自分のブランドを立ち上げます!」
宣言したからには実行に移さなければならない。
そうやっていつも自分を奮い立たせる。
“ほらな”
なんて言わせるものか。
デザインには自信がある。
もうすでにブランドの軸はできている。
シャツ1枚つくるのに、何をつくったらいいかはもう描けている。
でも大きな問題が。
自分のデザインを形にするパタンナーがいないということ。
専門学校でもパタンナーの作業が苦手だった島瀬さん。
学生の頃から満足できていない。
一点の妥協も許したくはない。
困難を克服することは大切ではあるものの、克服するのは今ではない。
妥協なき圧倒的なパタンナーが必要だ。
それが…
島村さんだった。
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